その昔、ブッダさんはこう言ったそうです↓
わたしたちは、からだの五官(目、耳、鼻、舌、皮膚)と心を介してこの世界を体験している。
「ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門」P61より
でも私たちは五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の他に、ブッダさんの時代には知られていなかったであろうからだの感覚があることを知っています。
その1つが、タイトルに書いた固有覚(深部感覚)です。
「その1つが」と書いたとおり、他にも感覚はあります。
内蔵感覚とか。
なのになぜ、固有覚だけをピックアップするのか。
それはこれから書くことをご覧くだされば、すぐに分かると思います。
だって仏教やマインドフルネス瞑想にとって、固有覚の存在はドンピシャすぎるからです。
ドンピシャすぎて、なぜいまだに仏教界やマインドフルネス界隈が注目していないのか不思議なくらいです(私が知らないだけで、すでに注目されていたらごめんなさい)。
ということで、いってみましょう。
固有覚は身体内部の目
固有覚は「身体内部の目」とも言われています↓
《固有覚 》は,「固有受容感覚」,「深部感覚」などとも呼ばれ、「身体内部の目」のような働きをしています。
さてご存知のとおり、マインドフルネスや瞑想では「からだを観る」ことが重要とされます。
からだの内側も外側も。
つまり「からだの内側を観る」には、固有覚の働きが重要になるとも言えるワケです。
固有覚は「いま、ここ」
マインドフルネスや瞑想では「今、ここ」が重要とされています。
過去でもなく未来でもなく現在。つまり今を感じること。
そして、どこでもない「ここ」を感じること。
さて固有覚の働きの1つに、「空間で自分の体がどこにあるか」があります。
例えばあなたが、自分の頭の後ろで手をチョキにしたとします。
もちろんあなたは、自分が手をチョキにしていることが分かりますよね。
でもなぜ目で見えないのに、チョキにしていることが分かるのでしょう。
はい、これが固有覚の「空間で自分の体がどこにあるか」というやつです。
そしてこれって、まさしく「いま、ここ」ですよね?
そうなんです。「いま、自分のからだがここにある」という感覚は、固有覚のものなのです。
固有覚のものというと言い過ぎですね。ちょっと走り過ぎました。
まあ少なくとも、固有覚が大きく関与しているとは言えそうです。
実際このようにも書かれています↓
「自分の体が今ここにあるんだよ」という感覚を助けてあげれば、体の中から落ち着きを取り戻せるんですよね。
大きく依存しているのに、自覚しにくい
さてウィキペディアでは、固有覚はこのように書かれています↓
ヒトが大きく依存する感覚であり、しかしながら頻繁に意識されない感覚である。
マインドフルネスや瞑想では、からだのあらゆる感覚を観ることが重要とされています。
そして先ほども申し上げたとおり、固有覚は「普段意識されにくいにも関わらず、私たち人間が大きく依存している感覚」なのです。
どうでしょう。
ここでも固有覚は、マインドフルネスや瞑想にとって大事な感覚と言えるのではないでしょうか。
情緒の安定
マインドフルネスや瞑想で得られると言われている効果の1つに、「情緒の安定」が挙げられます。
そして固有覚の働きの1つは、まんま「情緒の安定」です↓
例えば緊張している時に貧乏ゆすりをしたり、イライラしている時に奥歯を強く噛んで口に力を入れたりしたことはありませんか?
このように固有受容覚を感じることで情緒を安定させるはたらきがあります。
こんな感じです。
どうでしょうか。
「仏教やマインドフルネス瞑想と固有覚って、めっちゃ関係あるやんけ!」
となっていただけたでしょうか(ならなかった方はごめんなさい)。
まあもっともこれは、引用させていただいた記事も含めてここで書いた固有覚の働きが正しいという前提があってのお話に過ぎません。
が、
私自身の経験と照らし合わせると、ここで書いた固有覚の働きはとても納得できるものと考えています。
ちなみに
「固有覚の話は分かったし納得もできたけど、じゃあどうすればいいの?」
という方に対しては、改めて記事を書きたいと思っています。
いや、あまり長くならなそうなので、この記事に付け足そうかな。
何にせよ、どこかに書く予定でございます。
あ、あと固有覚を「ブッダさんの時代には知られていなかった感覚」と書きましたが、これ名前がなかったという意味です。
実際ブッダさんは、固有覚をめちゃめちゃ重要視していたっぽいですし。
念のため。